前回までのコラムでは、畳み込みのパラメータとして必要となるインパルス応答の採取方法を、
何度かに分けて書いてきたわけですが、
今度は畳み込みというエフェクトを堪能するためのテクニックを紹介して行こうかと思います。
まず今回はホワイトノイズを使って色々な音響効果を作り出す方法を紹介したいと思います。
ノイズでノイズを畳み込み=金属音
ホワイトノイズというのは、あらゆる周波数を均一に含んだノイズとして知られています。
「あらゆる周波数を均一に含んだ」という点は、実はインパルスや、TSPと共通の属性であったりします。
では何故、ホワイトノイズはノイズらしく聞こえるのかと申しますれば、
位相が全くランダムなので、周波数分布は同じでありながら全然違う音に聞こえるのです。
「『人間は位相の違いを聞き分けられない』と言ったの誰だよ全く!」と文句の一つでも言いたくなるような
性質の違いですね。
まあ、確かにフェーズスイッチで位相を反転しても、あんまし音が変わったようには聞こえませんが、
位相がちょっとづつ変わるような場合は、周波数特性の時間的変化として感じられてしまうといったところでしょうか。
で、本題に入りますと、ある時僕は、ホワイトノイズをホワイトノイズで畳み込んで見たらどうなるかと思ったのです。
15秒くらいのホワイトノイズから1秒くらいのサンプルを切り出して、畳み込みのパラメータとして設定しました。
そして、元の15秒くらいの波形をその一部の区間のノイズで畳み込んでみたのです。
一回畳み込んだだけでは、あまり変化が無い様に感じられたため、
繰り返し、繰り返し、4回くらい畳み込んで見ました。
すると、純粋なホワイトノイズでは無い音、
なんというか、ハイハットや、シンバルのような金属的な音として感じられる音色が出来上がったのです。
繰り返せば繰り返すほど、ノイズっぽさは無くなり、音程感があるというか個々の成分が聞き分けられる音に変化しました。
この現象を僕はこう捉えています。
ホワイトノイズは確かに全ての周波数成分を含んでいますが、それは、時間が無限に続く数学的な意味でのお話。
ノイズ音の継続時間が限られている場合は、
周波数分布にムラが発生しており、周波数分布の掛け算である畳み込みをその波形で連続で施すことにより、
ムラの部分が拡大して音程感を持つほどに至るのではないかと。
僕は理屈を知っている分けではなく、数学音痴なのでこんな類推をしたわけです。
実際試してみると、畳み込みのパラメータとして切り出す波形のサンプル数が多ければ多いほど、
畳み込みの結果の質感はホワイトノイズに近いフラットな感じになるので、
多分そんなところだろうなと思います。
異なるサンプリングレートで、それぞれ同じ継続時間となるホワイトノイズを繰り返し畳み込んでみると、
不思議なことにサンプリングレートが高いほど、各スペクトラムの出音が素直な感じがしました。畳み込みは世に言う線形システムですので
サンプリングレートの影響を受けないはずなのですが、何ででしょうか。分かりません
しかしいずれの場合も、畳み込み用に切り取る波形によって、畳み込み後の質感にバラツキが生まれてしまい、
最終的にはやってみるまで予想が付かない感じがしました。
とはいえ、ただのホワイトノイズを畳み込むことで、鳴り物の素材として使える金属音が作成可能で、
畳み込みの回数や、畳み込む時のサンプリングレート、畳み込みに使う波形のサンプル数を組み合わせることで、
任意の質感の鳴り物が作れそうだなという感触を得るに至った次第であります。
リバーブ
ドラム、ボーカル、ギターといった一般的な音を、指数的に減衰するホワイトノイズで畳み込む事により、
良質のリバーブサウンドが得られる事はよく知られています。
指数的な減衰というのは
同じ時間間隔に同じ比率で音量が減っていく(0.1秒で半分なら、次の0.1秒ではさらに半分、最初の1/4という感じの)エンベローブです。
薬や放射性物質の半減期が決まっている様に自然界の残響というものが、概ねこれに似たり寄ったりな特性な分けです。
僕は波形編集用ソフトとしてAdobe Auditionを使っている分けですが、
Audition(1.5日本語版)の場合、任意の波形を選択した後、【振幅】→【Envelope】を選択することで、
下図の様な画面が表示され、グラフを使ったエンベローブを施すことができます。
グラフコントロールのそれぞれ左上、左下、右下の隅の部分にコントロールポイントを設定し、
スプラインカーブにチェックを入れる(つまりは上の画像のように設定する)と、
指数的に減衰するのと似ようなたエンベローブとなります。人間の聴覚なんてのはいい加減なものですから、
これだけ似ていれば十分ですし、波形の終わりが0に収束してくれるので、継続時間の調整がし易くて重宝するエンベローブなのです。
ノイズ生成機能とこのエンベローブ機能を組み合わせれば、立派にリバーブ用のインパルス応答を作成することができます。
これらはAdobe Auditionでなくても大抵の波形編集ソフトに搭載されている機能です。
しかし、単純なホワイトノイズだけでは、味気ないというか、響いている感じはするけれど、微妙なニュアンスが感じられない、
まさに真っ白な残響となってしまいます。
そこで先ほども挙げたノイズ同士の畳み込みで金属音を作るテクニックや、
フィルタのモーフィング、エンベローブを組み合わせて、ノイズに質感を持たせ、
さらに継続時間や質感が異なるノイズをミックスすることで、オリジナルのリバーブサウンドを作ることができるわけです。
これらのテクニックの組み合わせで出来上がる音というは、作ってみるまで分からない、
試行錯誤を繰り返すしかないものです。できることは、エンベローブ、継続時間の調整、
イコライジング、フィルタリング、ミックスバランス、時にはディストーションやフランジ、ダメな音は破棄し、良い音は保存する。。。
そういったことを何度も何度もあーでもないこーでも無いとやっている間に、
もう誰にも作ることのできない、芸術的なリバーブサウンドが出来上がるかも知れません。
パワフル&アコースティック
リバーブサウンドのインパルス応答には、比較的継続時間が長い、通常は1秒以上の余韻が続くノイズが用いられます。
しかし、もっとずっと短い、ミリ秒単位のホワイトノイズを使って、自然の音や電子音を畳み込んだ場合は、どんな質感となるでしょうか。
僕はこうして作られるノイズ系のインパルス応答に、今のところ2つほど美味しい使い方を見出しております。
一つは、パワフルシンセ音です。
大体50〜100ミリ秒程度のホワイトノイズのブロックを、エンベローブを施すことなく、そのまま、畳み込みのパラメータとして取り込みます。
そして、ノコギリ波や、矩形波などのオシレータむきだしの音(Adobe Audition 1.5では、【生成】→【トーン】でこの波形を作れます。)
を畳み込みます。
結果として、リバーブ程露骨な残響はないものの、少し奥まった感じ、
そして非常に野太い感じのシンセサウンドが出来上がります。
コーラスの代わりに使えて、コーラスほどウネウネしない所が売りといった感じでしょうか。
この処理もやはり、サウンプリングレートは高い方が、緻密な音になって気持ちイイです。
さらに短く、10〜20ミリ秒程度のホワイトノイズを使い、さらに波形の最初と最後を滑らかにフェードアウトするようなエンベロープを施し、
これを畳み込みのパラメータとして用いると、今度はアコースティックな感触というか、
オシレータ音の角をとったくすぶった感じの音になります。
EQを組み合わせて、周波数分布にクセを付加することで、生の楽器、
たとえばフルートとか、チェロなどの音を再現するのに向いているような気がします。
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