第十九回 エレクトロニカのための楽器一考
(2006.5.4)

いつもこのコラムでは、オーディオの編集方法や、信号処理アルゴリズムについて 具体的な操作方法やコードを載せて解説なり紹介なりをしているわけですが。。
今回はネタ切れ、、、いや、まだ色々と思いつくとは思いますが、 今のところ思いつかないというのか、、、そんな感じもあり、 こんなのがあったら面白いんじゃないかなぁと、昨年思って、 ある公共事業に応募したのですが、ボロクソに書かれて拒絶されてしまったネタを ここで公開します。
このアイデアが通って予算が下りれば自分で作って自慢する予定だったのですが、、、
しかし拒絶されてみて、落ち着いて考えてみると自分一人がやるにはオーバースペック気味なのかも知れませんでした。 僕が金子容疑者くらいのスーパープログラマーだったら良かったのですけどねぇ。。
なわけで実現の目処も立たないまま、アイデアを持ち腐らせておいてもあまりメリットはないかと思いますので、せっかくだから公開しちゃうことにしました。
ここで紹介するアイデアはまだ十分に具体化できていないのですが、方向性としてはなかなかいい所に目をつけているのではないかと自画自賛しているのであります。
単なるアイデアのレベルですので、特に何が主張することはありません。実装するなりパクるなり、やりたい人はやってくださいね!っと。

テーマ名:ソフトシンセを設計可能な波形編集ソフト(←クリックすると当時の応募書類にリンクします)

こういうタイトルを見た時点で、シンセに詳しい人だったら「あるよ」という返事が返ってくることでしょう。
そう、ソフトシンセも含めれば、シンセサイザーなんてもうインフレもいいところで、 思いついたが吉日とばかりにあれよあれよと最先端のアルゴリズムに基づくオシレータだのフィルタだの空間エフェクトだのが、 ドンドコ市場に投入されてしまうわけです。
そりゃ、あるよというのは、それはもちろんあるよ。
たとえば「トラック作成ソフト」と呼ばれているようなソフトですねぇ、REASONLive5あたりと申しましょうか。。 マルチトラックレコーダーを模倣して複数のオーディオファイル(やソフトシンセをコントロールするためのMIDIトラック)を一列に並べておいて、 オーディオファイルのループもできて、リアルタイムでエフェクトを加えたり、 音量やピッチを変化させたりできると。。
単にオーディオトラックが並べられるだけではなく、 ソフトシンセやエフェクターなんかも充実していて、これもかなり凝った設定ができて、リアルタイムでいじれるわけです。
要するにライブでも使えるDAW(デジタルオーディオワークステーション)、あるいはDAWをライブで使っちゃえというノリのソフトです。
そうですよねぇ。うんうん確かにこれだけでも相当色々なことはできます。上手くすれば刺激的なサウンドも作れることでしょう。。
でも僕が前々から欲しいと思っていたソフトとは違うんだよねぇこれが、、

ニカの時代

今ってニカが流行っているようです。ニカはエレクトロニカの略でして、、、、 うーん、一言で説明するのは難しいけど、、まあ正統派な電子音楽の流れを汲んでいるといのか、 テクノなんだけどもう少し前衛的というのか変拍子でオフビートだったり、音程感が希薄だったり 音程感あっても12音階じゃなかったりと、、
まあ基本のアイデアはサンプリングして集めた色々な音素材を波形編集をしまくってループを作ったり ピークのタイミングを合わせたりして、無理くり既存の音楽っぽいこと(リズムだったりアンサンブルだったり)をやりたそうな雰囲気を演出した音響作品。 といったところでしょうか。
1つ例を挙げると例えばたまたま電車の中で録音していてこんなシーンがあったとします。

1.(ホームのアナウンス)「3番線ドアが閉まります。ご注意下さい」
2.(電車のドアが閉まる音)
3.(電車のドアが開く音)
4.(電車のドアが閉まる音)
5.(電車が発車する音、加速)
6.(車内アナウンス)「駆け込み乗車は思わぬ怪我をするもととなり、大変危険ですから絶対におやめ下さい・・・」
この素材で音楽っぽくしようと思ったら、まあ僕だったら2、3、4を1つの基本リズムと考えてループにすると思います。 散発的にディストーションを加えてアクセントとするかも知れません。
これをベースに1と6を左右に振ってウワモノとして扱うと、、(それぞれのループの長さを変えるのは基本でしょう!)
そして基本リズムの対立要素としてループを中断するように5を挿入します。 対立感がより鮮明となるように5には特別な空間系エフェクトを加えるかも知れません。
まあ、ニカの作曲って大体こんな感じではないでしょうか?

このニカが何でまた今、流行っているというと、大きい理由は波形編集ソフトってものが誰でも買えるお値段で提供されていて、 元々音楽じゃなかった音を音楽に仕立て上げるという行為が非常にやり易くなったというのがあります。
作り手の欲求が高じてワクワクするようなアイデアが詰まったたくさんの音源が出回るようになって、 まあ、バーター経済というのか、やってる人同士が音源を買いあうような感じで広がっていったのではないだろうかと 推測できるわけであります。

ベッドルームミュージック

ニカはその面白さとは裏腹にベッドルームミュージックなどと呼ばれたりもします。
要するに別に音楽を生業としているわけではないけど、 趣味が高じてやっているDTMオタクな人が、 自宅のパソコンに波形編集ソフトをインストールして、 日中の仕事が終った後、ビールを一杯ひっかけてチコチコっと編集しながら 途中で寝落ち(PCの作業中に睡魔に負けてそのまま翌朝まで寝てしまう現象)。
そんなノリで、1〜2週間くらいかけて1曲を完成させると。。(それはまさに僕自身のスタイルでもあるわけですが、、、)
当然の帰結として通常のポップスやロック、あるいはもう少し熱の入った人たちによって作り上げられたダンス指向のテクノ/ハウス、 といった音楽に比べて、それはもう眠くなってしまうというのか、 あまりパッションを感じられない作品が実際多いわけです。作り手も聞き手もおねんねした方が宜しそうだというのか。。

ニカがベッドルームミュージックと呼ばれてしまう原因の1つはやはり製作者の心意気というのか、なんだかんだいって 音オタクが多いというのか、音声編集作業自体を楽しみ過ぎてしまっていて、 音楽として人に伝える努力を怠っている。(ああ、なんか首絞めすぎて息が苦しいよ、、、) そういうのもあるかもしれません。

しかしですね。もう1つ忘れてはならない事実は、波形編集という作業自体がイマイチ「ライブ」向きではないという ことです。
波形編集をやっている間は、正に創造の瞬間です。
なんの変哲もない野外録音の音、波形編集ソフトのメニューから挿入されたホワイトノイズ、矩形波、ノコギリ波、 これが波形編集という手動シンセシスを通じて、まがいなりにも音楽的な(であることを意図している)音へ変換されるわけです。
でも、元々の音素材が、一足飛びに瞬時に目的の音へと変換されるわけではありません。
中間的にバッファリングされた波形データがあって、作曲者のみがこれを聴いて、リスナー向けの目的音へと変換するための ヒントとし、次の編集ステップを決定するわけです。(各編集ステップにはコンピュータ側の待ち時間が存在することもお忘れなく)
ベットルームミュージックとしてのニカの音楽表現は、そんなのを何十回、時には何百回も繰り返すことによって実現されるわけで、 「ライブ」でやるにはそもそもムリがあるという分けです。
せいぜい頑張ってたとしても波形編集が完了したオーディオトラックをサンプラーに入れて ループかけてピッチをかえて演奏する、といったくらいでしょうか。。

歴史(編集履歴)にifを

ニカみたいな音楽を「演奏」するためには、編集作業をリアルタイムでやっているのと同じ結果をオーディエンスに返さなければなりません。 てっとり早くそれをやる方法はサンプリングなのですが、しかしサンプリングという行為自体が ある種の情報圧縮というのか、編集作業をやってた人が頭の中で思い描いていた波形の変化のストーリー感なりダイナミクスなりはそぎ落とされて、 結果として1つの波形だけが残され、あとは再生ピッチを変えたり、ループポイントを変えたり、 プラグインとして立ち上がっている数種類のエフェクトを加えたりと、付け焼刃程度の手しか打てなくなってしまいます。

「ニカを弾きまくる」

を実現するにはもう少しサンプリングする前に立ち返って、色々やれることがあるのではないかと、そう思うわけです。
で、そう思った自分が実際にまとめてみたのが、最初に挙げた文章なのです。
簡単にいってしまうと、

波形編集の操作履歴を記録し、これを画面で表示する機能を持っていて、
任意の操作履歴が持つパラメータを、キーボードやツマミといったリアルタイムに操作可能な
デバイスによるコントロールとの結びつけを指示するためのユーザーインターフェイスを持ち、
あたかも波形編集過程の途中のパラメータを、係るデバイスにより変更しているかのように
リアルタイムで波形を生成する装置。。。

波形編集は「リアルタイムではない」ことがメリットであり、デメリットでもあります。
処理速度の問題でリアルタイム化できないこともありますし、 根本的に超えられない壁も存在します。(未来の時間を過去にコピー&ペーストするとか)

しかし、できないことは出来ないと言い、難しいことはマルチサンプリングで誤魔化す。その他にも色々と誤魔化す。
がこのアイデアを実現する上でのポイントです。

先の文章で書いていること意外にも、色々やらなければならないことがあります。
例えば、

・何をどう誤魔化すのかの体系化
・可変化できるパラメータをまとめ上げる
・コピー&ペーストのパターン分け(全選択/範囲選択、未来を過去にコピペ、過去を未来にコピペ、、)
・ループポイントを指定するUIも必要だろうなきっと、、
・キーボードスケーリングもやっぱり欲しいし、、(恐らく範囲選択の計算は行列演算になることでしょう。無音部分をカットするための削除操作、畳み込みの時間歪みはどう誤魔化すのかとかとか、、、 、、)

ここまで読んでいただいて、「あるよ、あるあるそんなの」とおっしゃいます方がいらっしゃいましたら、 どんなソフトなのか、是非お教え頂けませんでしょうか?
僕は前々からそのソフトが欲しかったから買いたいのです。(ま、値段次第ですが、、)
 

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